9月23日の幸せ
今日はお誕生日でした。
息子がカレーを作ってくれました。
ポケモンの映画を観ながらだったので、かなり香ばしい(焦げ臭いともいう)かおりがしました。
タエちゃん
サンシャインの水族館で脱走騒ぎを起こした子。
今朝のワイドショーで無事に保護されたっていってましたね。
これは夏休みにお泊り体験学習ツアーに行ったときに撮った写真です。
この前うまく写真が貼れなかったのはファイルが大きすぎたようです。
タエちゃんの手のひらは不思議にしっとりしていたよ。

あらら

2008年9月19日 日常
あらら
デジカメで撮った写真を見て頂こうと思ったのに表示されませんorz
携帯で撮った写真じゃないと載せられないのかな~??誰か教えてください(泣

六道珍皇寺の井戸。
この井戸を通って小野篁(小野妹子の子孫とか小町の祖父とかいわれている)は冥界を行き来したと伝えられている・・・ああこの向こうに愛しの(以下自粛

ただし出口は嵯峨野のほうにあって遠いらしい。(一方通行か


掛け軸とかの置いてある建物からガラス越しに。
近くに寄ると霊気がすごいので体調が悪くなると言われているから現地ガイドのおっちゃんも「よ~行かへん」そうだ。

のぞいてみたいなぁ。

てすと

2008年9月15日 日常
てすと
んー
新聞みたいな薄っぺらい地域情報紙で偶然見かけた広告にまるで魂を奪われたようになって京都に行ってきました。
連休のど真ん中、部活を休んだ娘とふたりで日帰り、新幹線でおよそ1時間半。去年の春、高校合格のお祝いにやっぱりふたりで訪れた京都。
私が行きたかったのは京都駅発の半日くらいの観光バスのツアーでした。
『京の異界伝説を訪ねる』というコース。

北野天満宮~菅原道真~
天喜《昼食》
晴明神社~安倍晴明~
千本ゑんま堂~小野篁~
鶴屋吉信《京菓子と冷抹茶》
六道珍皇寺~小野篁~


集合時間まで間があったので駅前の伊勢丹で原了郭の黒七味を探したらグローサリーになくて京の逸品のところで見つけたり
北野天満宮では結婚式に出くわし、あぁこういうところでするのもいいな~と思ったり
昼食の天麩羅御膳の値踏みをしてみたり(バス代9000円のうちのいくら分かと
晴明神社の妙な小奇麗さと商売っ気に違和感を感じたり
千本ゑんま堂では一般の参拝客の方が実際に水卒塔婆を流すところを見られて現地ガイドのおっちゃんの説明がより深く理解できたり
いつもは和菓子なんか見向きもしない娘が浮かれて鶴屋吉信で試食2巡するのをニヤニヤ眺めたり
六道珍皇寺の井戸の向こうに愛しいお方のお姿を思い浮かべたり(ココだけ二次元寄りの妄想)

コースの最後の六道珍皇寺でツアーから外れて祇園にまっしぐらに向かい、娘が垂涎の『祇園小石』という茶房で「わらび餅ふたつ、黒糖ミルクひとつ、アイスコーヒーひとつ、すだちのカキ氷ひとつ、黒蜜アイスクリームひとつ」というオーダーをしたり

清水のお土産屋さんの並んだ通りをぶらぶら歩いたり買い物したり
午後6時半閉門の清水寺に30分前に着いて夕闇の京の町を眺めたり

追い出されるようにして後にした清水寺を振り返ると
そこには中秋の名月が浮かんでいたり

ぎゅうぎゅうの市バスに乗って京都駅に着いて夕食を食べるところを探していたら
なかなかいい感じの和食屋さんを見つけたのだけれど
鱧が売り切れちゃっていてガッカリしたり

最終の一つ前の新幹線で帰ったり




『6番めのユ・ウ・ウ・ツ』
ですよね!?
スズミヤハルヒ?ナニソレオイシイモノ?

帰省した翌朝、携帯に義母からのTEL。
「親戚のナントカさんがもう死にそうだから死んだら帰ってきてね。」

何だこのすっげー楽しくない夏休みは。
アバウトとなりのとなりのそのとなりくらいの市で開催されるお祭での弓道イベントに娘が浴衣を着て出たいというので、私の妹に借りることにした。
妹の嫁ぎ先(とはいっても諸事情で実家で同居している)は帯を扱う商売をしているので、妹も着付けの学校にせっせと通い(実家で同居しているので子供を安心して置いて行ける)、着付けの師範を目指している。

何枚かある妹の手持ちの浴衣の中から娘が選んだのは・・・・・
私が大学生時代にこの手で縫ったちょうちょの柄の浴衣だった。
濃紺地に白、ピンク、水色。それだけのカラーのオーソドックスなちょっと大柄の蝶。
こんなものを縫ったことも忘れていたけれど、妹がとっておいてくれたことにも、またそれを娘が選んだことにも感慨ひとしお。もう少し今風の薄紫の派手目なのもあったのに。
思えば被服ではなく食物専攻の私がなぜこのようなものを?記憶にあるのは暑い夏の日に腿とふくらはぎの間に汗とり用のタオルをはさみながら正座して、時には立て膝になってチクチクチクチク・・・。夏休みの宿題の中のひとつ、家庭経営学でのPLAN・DO・SEEの課題として提出したのだったか。

弓道大会だったので帯は結ばず下に袴をつけたので全身像は見られなかったのが少し残念だが、洋服のような流行にとらわれない(身体のサイズにもあまりとらわれない)、日本の伝統美の素晴らしさというものは20年以上たっても色褪せない。
最近はかなり変わった着方の浴衣姿のオネーチャンを見ることが多いが、やはり美しいのは・・・・・

そんなことをつぶやきながらも自分では着られないし着せられないのが少々悔しい。着付けをやってくれたのは娘の同級生なのだ。
試合は午前9時開始。ほとんどの生徒は駅から10キロ離れているこの球場にバスか自転車でやって来ているのだが、「こんなクソ暑い中、無駄な体力を使いたくない〜」との仰せにより娘を車で送って行く。
ちょうどそっち方面に住んでいる義父を病院に送迎する用事もあったため、私にとってもそれは好都合だった。
“試合が終わったら迎えに行かなければいけない”という素敵な理由でお昼を義両親宅で一緒に食べなくて(支度しなくて)済むからだ。

さて用事が終わり、途中経過もわからないまま球場へ到着。
チラッと見えるスコアボード。もう9回に入ってる・・・1-1の同点、先攻だ。
・・・9回か・・・。
・・・何っ入場料が500円!?・・・お金いるのか・・・。
・・・9回か。9回かよ・・・。
・・・わが子が出てるわけじゃないしなぁ・・・。
ワンコインのコストパフォーマンスに逡巡しながら、とりあえずぐるりと球場を一周してみる。
タダで見える場所はない、こんな田舎の市民球場なのに。試合は延長戦に入った。
入場するなら今だ、でも本当に入場するなら来てすぐだったんだ・・・心の中で500円の葛藤。
自校の応援席の裏側にあたる位置、自転車置き場にほんの少し、スコアボードが何とか見える場所があった。
ここなら応援の歓声でなんとなく様子がわかる。
そうだ、こういうことって良く言う人いるじゃない?「自分が見てると贔屓の球団がいつも負ける!」とかそういうの。
だからもうここでいいや!きっと中に入ったら・・・と無理やり500円をケチったことを正当化する。
延長11回に入る。
娘は言っていた、公休で休めるのは午前中の授業だけだから・・・
午後1時には全員、絶対に学校に戻っていなくてはいけないのだ。
もう11時半を回っている。
よくTVの中継で聴くような「カキ―ン」というバッティングの音は聞こえないけれど、応援席が歓声でひどく盛り上がっている。チャンスか?
ああ、勝ち越した!
・・・うぅ、やっぱ中に入ればよかった・・・この歓声の渦、ブラスバンドの響きの中に身を置いてグラウンドの白球をこの目で追えば良かった・・・女子高で過ごした私の知らない世界がこの500円の壁の向こうに。
・・・いや、私が入ったらきっと負けt

やがて流れた校歌。娘の高校の校歌などさすがに耳慣れていないけれど。
今、応援席で歌っている生徒諸君・・・今の君たちのようにこれほど誇らしい気持ちで校歌を歌ったことなど私の人生には、ない。
自分が母となり、娘が高校生に成長して、今ようやく自分が年頃だったあの頃の母の気持ちがわかる。
きっと思っていた以上に若かったのだろう。(よもや二次元に恋などはしていなかっただろうが
娘のことをこんな風に想い、心配し、幸せを願っていたのだろう、しかもちょっぴり利己的に。
そして娘は今、私のことをあの頃の私が母を思っていたように思っているのだろうか。いや、自分のことを考えるのにいっぱいでしかないな・・・そう、あの頃の私がそうであったように。
そして私はいつか、姑の気持ちなんかもわかっちゃうんだろうか?いやそれは今でもなんとなくわかってる・・・きっと馬鹿とかあんなの嫁じゃないとか(苦笑
でもきっと、だいたいそんな感じ。身に覚えすっごくあるし。
だけどもうこのあたりが限界。

小6の息子の話。
今日は秋にある音楽発表会の合奏の楽器を決める大事な日。
一番の希望は大太鼓なのだけれどそれは人気が高く競争率も激しく。さぁどうなるか。

高2の娘の話。
高校野球の予選。あれって授業のある平日にも行われているものなのだね。
県立の進学校なので甲子園出場などは無数の塵のような夢のひとつに過ぎないのだけれど
近くの野球場での試合の場合なら届けを出せば授業を休んで応援に行っても良いのだそうだ。
一回戦はちょっと遠くでの試合だったためにそれが認められたのは吹奏楽部、応援団、生徒会のみだったのだが、なんとか勝ち進んだので次の試合には応援に行けることに。さぁどうなるか。
でもこういう『教育活動の一環』というのはイイネ!

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